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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6511号 判決 1965年8月28日

原告 ドメツクス・インターナシヨナル・コンパニー

被告 横浜通商株式会社 外二名

主文

被告横浜通商株式会社は原告に対し金六、三八七、四五八円およびこれに対する昭和三七年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

被告山田松治は原告に対し金三二五、四四二円およびこれに対する昭和三六年一一月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告横浜通商株式会社および被告山田松治に対するその余の各請求ならびに被告山田竹治に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告横浜通商株式会社との間においては原告について生じた費用の一〇分の六を同被告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告と被告山田松治との間においては原告について生じた費用の四〇分の一を同被告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告と被告山田竹治との間においては全部原告の負担とする。

この判決は原告の勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告横浜通商株式会社(以下被告会社という)は原告に対し金一〇、〇二〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三六年一一月三〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告山田松治および被告山田竹治は原告に対し各自金六九四、三三九円金六九三、九二一円およびこれに対する昭和三六年一一月三〇日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は請求原因を次のとおり述べた。

(一)、原告は肩書地に本拠を置いて雑貨の輸出および輸入を業としているものである。

(二)、原告は昭和三六年三月被告会社からハイライト型六石トランジスターラジオ五万個を一個の代金六・一七合衆国ドルで買受け、被告会社はこれを分割して荷送りニューヨークもしくはマイアミで原告に引渡すことを約した。そして、まず同年七月までに一五、〇〇〇個を引渡し、同年一〇月までに引渡を完了することを約した。なお、右売買契約についての法律関係については日本法を準拠法とする旨合意した。

(三)、(1) 、ところが、被告会社は右七月までに履行すべき一五、〇〇〇個について二回にわたり一、〇〇〇個と二〇〇個を荷送り原告に引渡したが、元来被告会社は本件トランジスターラジオについて輸出許可をうけていなかつたため、右一、二〇〇個を「電気アンマ器」と詐称して輸出したものであるところ、同年一〇月中に不正輸出が発覚し残品一三、八〇〇個についてはその輸出ができず履行不能となつた。

(2) 、右の履行不能により原告は次のとおり支出しまた得べかりし利益を喪失して合計二七、六五〇ドルの損害を蒙つた。すなわち、

(イ)、原告は右一五、〇〇〇個の代金九二、五五〇ドルの支払いのため同年四月一一日ニユーヨークのチエースマンハツタン銀行に依頼して商業信用状の開設をうけ、同銀行にその料金を支払つた。そして、被告会社が右一五、〇〇〇個のうち一、二〇〇個しか履行しなかつたので、一三、八〇〇個の代金は支払いをなすに至らず、したがつて同金額分の商業信用状も使用するに至らなかつたが、原告は前記のとおり右未使用部分に対しても料金を支払つており、その額は四二五・七二ドルである。

(ロ)、原告は被告会社において右一三、八〇〇個の履行をしないので被告会社に対し電話や電信を使用してその履行を督促したが、そのため支出した料金は五〇ドルである。

(ハ)、原告は被告会社が一五、〇〇〇個全部を履行するものと考えてその転売のために広告したが、そのために支出した費用は七五〇ドルである。

(ニ)、被告会社の履行した一、二〇〇個のうち五〇個については二個入りの小包をもつて航空便で送付されてきたものであり、それは、原告が船積第一便到着前に予め見本品として販路に流しておかなければならない必要上、特に別途航空料金二七一・八四ドルを支払つて取寄せたものである。そして、原告が特に航空便により右見本品を取寄せたのは、後に契約どおり一五、〇〇〇個全部の履行がなされることを前提とするものであつた。したがつて、右一五、〇〇〇個のうち一三、八〇〇個の履行が不能になつたことにより、原告の支払つた右航空料金二七一・八四ドルは結局無駄になつたものというべく、原告は同額の損害を蒙つたものである。

(ホ)、原告は被告会社から契約にしたがい一三、八〇〇個の履行をうけていたならば、トランジスターラジオ一個あたり平均一一ドルで他に転売できたはずである。しかるに、買受代金物品税、輸入税の合計は九ドルであるから、これを右転売価格から差し引き、さらに前記(イ)の商業信用状の未使用部分の料金四二五・七二ドル、(ハ)の広告費用七五〇ドルおよび(ニ)の航空便の料金二七一・八四ドルを差し引いた残額二六、一五二・四四ドルが原告において前記一三、八〇〇個を転売した場合に得べかりし利益である。

(四)、ところで、被告会社が履行した一、二〇〇個のうち一二〇個については次のような瑕疵があつたため、原告は合計四三〇ドルの損害をうけた。

すなわち、うち二〇個には修理不能の瑕疵があつたので、原告はその分の買受代金、物品税、輸入税の合計一八〇ドル(一個あたり九ドル)相当の損害を蒙り、また一〇〇個については顧客に転売したところ、やはり瑕疵があつたため返品され、原告において修理を余儀なくされたので、原告はその修理費二五〇ドル(一個につき二ドル)相当の損害を蒙つたものである。

(五)、右(三)項の(2) および(四)項の損害の合計は二八、〇八〇ドルとなり、これを邦貨に換算すると一〇、一〇八、八〇〇円となり、被告会社は債務不履行による損害賠償として右金員を原告に支払う義務がある。

(六)、被告山田松治は被告会社の代表取締役、被告山田竹治は取締役であるところ、被告会社は資本金三〇万円の小さな会社で、被告松治の家屋を事務所に使用し、他に資産もなく、被告松治および被告竹治の個人事業に等しい。

そして、被告松治および被告竹治は被告会社のような小規模で信用もなく、かつ輸出実績もない会社に対してはトランジスターラジオの輸出割当したがつてその許可など得られないことを十分知つていたため、昭和三六年三月ごろ共謀のうえ、「電気アンマ器」であれば許可がなくても輸出できるところから、トランジスターラジオを「電気アンマ器」と詐称して不正輸出することを企て、またそのようにして輸出する場合は発覚されて履行のできなくなる危険のあることも十分承知しながら、かかる事情を知らない原告に対して二万個分の輸出割当がある旨虚偽の事実を申し向けて原告を欺し本件売買契約を締結せしめ、前記のとおり一、二〇〇個は品名を詐称して輸出できたが、その余の分については不正輸出が発覚するところとなり、一三、八〇〇個の履行が不能となつたものである。

そして、被告松治および被告竹治の右のような行為は違法な行為すなわち共同不法行為(故意の、あるいは少くとも過失の)というべきところ、原告のうけた前記(三)項の(2) の(イ)ないし(二)および(四)項の損害合計一、九二七ドル五六セント(邦貨換算六九三、九二一円六〇銭)は右不法行為によつてうけた損害であり、被告松治の右不法行為は被告会社の代表者として被告会社の職務執行につきなされたものであるから、被告会社にも不法行為責任がある。

(七)、よつて、被告会社に対しては一次的に債務不履行による損害賠償として前記(五)項の金一〇、一〇八、八〇〇円のうち金一、〇〇二万円を、被告松治および被告竹治に対しては不法行為による損害賠償として(六)項の金六九三、九二一円(円以下切捨て)を支払うことを求め、なお、被告会社に対しては二次的に右不法行為による損害賠償として(六)項の金六九三、九二一円(円以下切捨て)の支払いを求め、また、右各金員に附加して右各金員に対する被告会社の債務不履行のあつた後であり、また被告らの不法行為の後である昭和三六年一一月三〇日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被告ら訴訟代理人は答弁として「請求原因(一)の事実は認める。(二)の事実のうち昭和三六年七月までに引渡すとの約で一五、〇〇〇個について原告主張のとおりの売買契約をしたことおよび右売買契約についての準拠法を日本法と合意したことは認めるが、その余は否認する。(三)の(1) の事実は認める、同(2) の(イ)ないし(ハ)の事実は知らない、仮に(ロ)および(ハ)のような支出があつたとしてもそれは損害とはいえない、同(ニ)の事実のうち被告会社が原告の要望にもとづき五〇個を航空便で送つたことは認めるが、その余は否認する、仮に原告がその主張の金員を支払つたとしても、それは約定売買代金中に含まれ、代金の一部支払いとして計算されているから結局被告会社の負担において決済されており原告に損害はない、同(ホ)の事実は知らない。(四)の事実もしらない。(五)は争う(ただし、計算関係は認める。)。(六)の事実のうち、被告松治および被告竹治が原告主張のとおりの役員であること、本件トランジスターラジオについて輸出許可がなかつたこと、被告会社が一、二〇〇個については「電気アンマ器」と詐称して輸出したことおよび被告松治がそのことを知つていたことは認めるが、その余は否認する。被告竹治は被告松治の実兄であるところから被告会社設立の際被告松治から頼まれて名義上だけの取締役になつたにすぎず、被告会社の経営には一切関与せず、したがつて本件売買契約のことは何も知らない。

被告松治が仮に原告に対して原告主張のような事実を申し向けたとしても、それは通常商取引において用いられる駆引として許容される程度のもので違法とはいえないのみならず、真実、当時被告会社は他から輸出割当の譲渡をうけて右二万個に近い数量を輸出できるものと信じていたのである。したがつて、右被告松治の行為をもつて不法行為とはいえない。」と述べ、抗弁として「本件売買契約は公序良俗に反し無効であり、仮に有効だとしても右契約の一部が履行不能になつたのは被告会社の責に帰すべき事由によるものではない。

すなわち、本件売買契約当時六石トランジスターラジオの輸出については、輸出最低価格(チエツクプライス)が通産省より単価一一ドル六八セントと定められており、それ以下の価格では輸出許可にならないものであつた。しかるに、原告はかかる事情を知りながら右最低価格より安い価格で買受申込みをし、本件売買契約は六・一七ドルで成立したものであつて、このことは当然輸出許可がとれず、したがつて、原告にトランジスターラジオを送付するためには最低価格制度のない品物を輸出する旨品名を詐称して輸出するかあるいは輸出承認申告価格を最低価格まで引上げて輸出承認を得、申告価格による代金支払いをうけた後実際の取引価格と申告価格の差額を割戻精算する以外に方法がないものである。そして、前者の場合には外国為替および外国貿易管理法第四八条第一項、輸出貿易管理令第一条に違反し、同法第七〇条第二一号により三年以下の懲役または三〇万円以下の罰金に処せられまたはこれを併科される。後者の場合には(イ)外国にあるドルを不正に買取つてそのドルをもつて正当な手続を経ずに差額の決済にあてるか、(ロ)日本国内にある闇ドルを買取りそのドルをもつて正当な手続を経ずに差額の決済にあてるかの二つの方法しかないが、(イ)の場合には外国為替および外国貿易管理法第二二条、外国為替管理令第三条、同法第二八条に違反し、同法第七〇条第八号、第二一号により、(ロ)の場合には同法第二一条、同令第三条、同法第二七条に違反し、同法第七〇条第七号、第二一号により前記同様の刑罰に処せられるのである。のみならず、本件トランジスターラジオについてはもとより輸出割当がなく、これを輸出するためには商品名を詐称して輸出する以外に手段がない状況にあつたのである。要するに、本件トランジスターラジオを原告へ向けて輸出するにはいずれにしても刑罰法規に触れる手段をとらなければ不可能であり、本件売買は右のような不法な輸出によることが前提となつていたところ、原告はこれを十分承知したうえで本件売買契約を結んだものである。したがつて、本件売買契約は公序良俗に反し無効であり、仮にそうでないとしても、このような不法な手段をとる以上当然に全部もしくは一部について履行不能の生じる危険は予想されかつ原告もこれを了解のうえで本件売買契約をなしたものというべきであるから、不正輸出が発覚し、契約の一部が履行不能となつてもそれは被告会社の責に帰すべき事由によるものとはいえない。故に、被告会社が債務不履行による責任を負うべき筋合はなく、さらに本件売買契約が不法なものである以上、原告自らも強行法規違反を犯しているのであるから、原告としてはこれに起因する損害を不法行為による損害賠償としても請求しえない。」

と述べた。

原告訴訟代理人は抗弁に対する答弁として「原告としては、被告会社の代表者たる被告松治から被告会社は本件売買について輸出許可割当をもつているとの通知をうけ、また最低価格についても被告会社において適法な手段によつて解決するとの通知をうけ、適法な取引ができるものと信じて本件売買契約をしたもので、その不法はもつぱら被告ら側のみにあり、原告には何ら責められるべき点はない。

本件売買契約が結ばれた昭和三六年当時の六石トランジスターラジオのいわゆるチエツクプライスが単価一一ドル六八セントであつたことは認めるが、そもそもチエツクプライスなるものは、それ以下の価格で輸出承認の申告をしても通商産業大臣が、これを承認しないという、輸出承認の際の価格の面におけるいわば通産省の内部的規準であり、したがつて輸出承認をうけるにあたつては申告価格をチエツクプライス以上としてその承認を得、実際の取引においてはそれよりも安い六ドル前後で代金を支払うことが可能であり、事実多くの取引は六ドル前後で行われていたものである。そして、この場合には品名詐称の必要はなく、関税法違反や外国為替管理法違反に問われることはなく、これを取締る方法がなく、また経済の実情に即しない高額のチエツクプライスを厳守するときは買手の需要が減り、単価は高くても取引数量が減少するため、かえつて国際収支の均衡を悪化させることにもなるので、通産省は本件売買契約が結ばれてから間もなくのころ、チエツクプライスを六ドルに改めたものである。

要するに、本件売買契約の一部が履行不能になつたのは、被告会社に本件トランジスターラジオの輸出割当がなかつたためにほかならず、すなわち被告会社の責に帰すべき事由によるものであり、また被告らの不法行為でもある。」と述べた。

証拠<省略>

理由

(売買契約の成立)

一、被告会社が昭和三六年三月原告に対し、ハイライト型六石トランジスターラジオ一五、〇〇〇個を一個の代金六、一七合衆国ドル、同年七月までにニユーヨークもしくはマイアミで原告に引渡すとの約で売渡す契約を結んだことおよび右売買契約についての準拠法を日本法と合意したことは当事者間に争いがない(なお、原告はハイライト型六石トランジスターラジオ五万個について売買契約が成立した旨主張しているが、本訴において原告が損害賠償を請求しているのは一五、〇〇〇個についてであるから、それを越えてはたして五万個について売買契約が成立したかどうかを判断する必要はないものである)。

(売買契約の効力)

二、被告らは、右売買契約は公序良俗に反し無効であると主張するので、まずこの点につき判断するに、外国為替及び外国貿易管理法第四八条、輸出貿易管理令第一条第一項、第六項によれば、六石トランジスターラジオをアメリカに輸出するには通商産業大臣の書面による承認を受けなければならず、通商産業大臣は国際収支の均衡を維持し、ならびに外国貿易および国民経済の健全なる発展を図るため必要があると認めるときはその承認をせず、またはその承認に条件を附することができるとされている。

そして、弁論の全趣旨によつて成立が認められる甲第一二号証および第一三号証の一ないし六、並びに被告会社代表者兼被告山田松治本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合わせ考えれば、本件売買契約が結ばれた昭和三六年三月当時、通商産業省は六石トランジスターラジオの輸出承認の前提として輸出割当制度を設け、輸出を希望するもののうちまず従来の実績のあるものにその実績の割合に応じた数量を割当て(実績割当)、次に実績がなくても輸出取引契約がすでに成立していると認められるものには一者につき二四〇台を限度として割当て(実績外割当)さらに特に貨物の品質および性能が優秀であり、輸出取引に継続性があつて販売系列が確立しているものには審査委員会の審査をまつて割当て(特別割当)ることとし、右割当てを受けたものから輸出承認の申請がなされたときは、通商産業大臣は国際収支の均衡を維持し、外国貿易および国民経済の健全な発展を図るために一定の価格(チエツクプライスという)以上の代金の定めてある輸出を承認し、それ以下の代金による輸出には承認を与えないことにしていたことが認められ、これに反する証拠はない。したがつて、チエツクプライスなるものは、原告の主張するように、輸出承認の際の価格の面における通産省の内部的な規準であるといわなければならない。

さて、被告らはチエツクプライス以下の代金でトランジスターラジオの輸出契約を履行するには、最低価格制度のない品物を輸出する旨品名を詐称して輸出するかあるいは輸出承認申告価格を最低価格(チエツクプライス)まで引上げて輸出承認を得、申告価格による代金支払いを受けた後、日本にある闇ドルないし不正に買取つた外国にあるドルでもつて実際の取引価格と申告価格との差額を割戻精算する以外に方法がなく、いずれの場合にも刑罰法規に触れるものであると主張する。なるほど被告ら主張の右の方法によるときはその主張のような刑罰法規に触れるものであることはいうまでもない。

しかし、証人芦野弘の証言および弁論の全趣旨によれば、右被告主張の方法のほかに原告の主張するような方法、すなわち輸出承認を受けるにあたつては申告価格をチエツクプライス以上としてその承認を得、実際にはそれよりも安い代金の支払いを受けることも可能であり、現実に六ドル前後の代金で数多くの取引が行われていたことが認められ、これに反する証拠はない。

もつとも、右の方法によるときは、輸出の承認にあたりチエツクプライスを設け、外貨の獲得により国際収支の均衡を維持し、いわゆるダンピングの防止などにより外国貿易および国民経済の健全な発展を図ろうとした目的(このため、輸出貿易管理令第六条では一定の場合につき代金回収の義務を宣言している)が達せられず、右目的からみれば極めて好ましくない方法であるといわなければならないが、予定されていた代金が全額回収できなくても(もつとも、右原告主張の方法においては、売買当事者間では当初からチエツクプライス以下の代金で取引することが合意されており、ただ輸出承認を得るための申告にあたつてチエツクプライス以上の代金で取引する旨仮装の申告がなされる点が異なるが、通産省で予定していた外貨がその予定どおりに獲得できないということには変りがない)これを直接取締つたりあるいはその者に刑罰を科したりするような規定は見当らない。それは、代金の回収が現実には困難な場合があることにもよるが、さらに輸出貿易における代金なるものが本来国際間における需要と供給の関係により決定されるものであり、経済の実情に即しない高額のチエツクプライスを厳守するときは需要が減り、国際収支の均衡を悪化させることにもなりかねないことなどによるものと思われる。すなわち、輸出貿易における通産省のチエツクプライスの制度は極めて裁量的、便宜的な性格のものといわなければならない。

ところで、原告が本件売買契約を結ぶにあたり被告主張のような刑罰法規に触れる方法によつてその履行がなされることを前提としていたことを認めるに足りる証拠は何もなく、かえつて成立に争いがない乙第二号証および被告会社代表者兼被告山田松治本人尋問の結果によれば、被告会社は、本件売買契約締結の交渉にあたり昭和三六年一月二七日付原告宛の書面において「被告会社は昭和三六年度において六石トランジスターラジオ二万個までの通産省の割当をもつているから、このことについては心配するな。右トランジスターラジオの通産省のチエツクプライスは一台につき一一、六八米ドルであるが、被告会社は他の市場から受取つた外貨によりチエツクプライスと実際の売値とを調整することができるから、原告は実際の価格で信用状を開設していただきたい」旨述べており、さらにいずれも成立に争いがない甲第一号証の一、二、第二、三号証、乙第一、三号証によれば、その後原告と被告会社との間に度重なる手紙ないし電信の交換がなされ、結局同年三月末か四月始めごろには単価六、一七ドル、一覧後六〇日払いの手形にて支払うこととし被告会社はその旨信用状の開設を受けることとの合意が成立し、同年四月一一日にチエースマンハツタン銀行から被告会社に対しその旨の信用状が送られるに至つたことが認められ、これに反する証拠はないから、原告としてはその主張のような方法で本件売買契約が履行されることを予定していたものと推認するのが相当である。

そして、本件売買契約が、通産省の輸出貿易政策の実現を妨げるような方法(原告主張のような方法)でその履行がなされるため、右政策からみれば好ましい方法とはいえないにしてもそのことから直ちに右売買契約が公序良俗に反し無効であるということはできない。さらに、現実にチエツクプライス以下の価格によるトランジスターラジオの輸出が数多く行われていたこと、また仮に本件売買契約の効力を否定するとすれば、その結果売主たる被告会社は義務を免れることになり、日本の貿易行政の目的のために外国の法人たる原告が損害を受けることにもなつて国際取引当事者間の信義公平が害されることにもなることなどからみて、やはり本件売買契約は有効であると考えるのが相当である。

(履行不能による損害の発生)

三、(1) 、被告会社が本件売買契約の目的物たるトランジスターラジオ一五、〇〇〇個のうち一、二〇〇個を原告に引渡したが、元来被告会社は本件トランジスターラジオについて輸出許可(承認を受けていなかつたため、右一、二〇〇個を「電気アンマ器」と詐称して輸出したものであるところ、同年一〇月中に不正輸出が発覚し残品一三、八〇〇個についてはその輸出ができず、履行不能となつたことは当事者間に争いがない。

(2) 、被告会社は、右一三、八〇〇個の履行が不能になつたのは被告会社の責に帰すべき事由によるものではない、すなわち本件売買契約は当初から刑罰法規に触れる行為によりその履行がなされること、したがつてその不正輸出が発覚すればその履行が不能になることが予定されていたものであり、これは原告がチエツクプライス以下の代金で買受の申込みをし、結局チエツクプライスより低い六ドル一七セントで契約が結ばれたことによるものであると主張するが、チエツクプライス以下の価格で売買契約が成立しても(わが国の貿易政策からみて好ましくないとはいえ)ともかく刑罰法規に触れないでそれを履行する方法のあることは前記二項において述べたとおりである。そして前記二項で認定したとおり、原告はその主張のような方法で本件売買契約が履行されることを予定していたものと認めるのが相当であるから、その履行が不能になつたのは、もつぱら被告会社が本件トランジスターラジオの輸出割当をもたず(このことは被告会社代表者本人兼山田松治本人尋問の結果によつて認められる)、したがつてその輸出承認が得られないため品名を「電気アンマ器」と詐つて輸出したところ、その不正輸出が発覚したことによるものといわなければならない。

すなわち、右履行不能は被告会社の責に帰すべき事由によるものである。

(3) 、そこで、右履行不能により原告の蒙つた損害について考える。

(イ)、成立に争いがない甲第三号証、証人芦野弘の証言により成立が認められる甲第五号証および右芦野証言によれば請求原因(三)項の(2) の(イ)の事実(原告が信用状の未使用部分に対して四二五、七二ドルの手数料を支払つている事実)が認められる。

証人芦野弘の証言およびこれにより成立が認められる甲第四号証によれば請求原因(三)項の(2) の(ロ)の事実(原告がトランジスターラジオ一三、八〇〇個の履行を督促するため被告会社へかけた電話や電信の費用として五〇ドルを支払つた事実)を認めることができる。

証人芦野弘の証言により成立が認められる甲第一四号証の一ないし五および甲第一五号証の一ないし三によれば、原告がトランジスターラジオやテープレコダーその他の商品の販売広告のために九五三、四七ドルを支払つたことが認められる(なお原告が甲第一六号証により主張する展示場使用料なるものは同号証によれば建築材料展示場のそれであることが明らかであるから、トランジスターラジオの広告とは関係がないものといわなければならない)。

いずれも成立に争いがない乙第三ないし第五号証、証人芦野弘の証言により成立が認められる甲第四号証によれば請求原因(三)項の(2) の(ニ)の事実(原告が見本品五〇個の取寄せのために航空便料二七一、八四ドルを支払つた事実、ただし、右航空料金二七一、八四ドル全部が一三、八〇〇個の履行不能により生じた損害であるとの点を除く)を認めることができる。

証人芦野弘の証言およびこれによりいずれもその成立が認められる甲第六、七号証、第一一号証の一ないし一〇によれば、原告はトランジスターラジオを他へ転売する目的で被告会社と本件売買契約を結んだものであること、原告がすでに他人転売したトランジスターラジオの代金は一二二個については一個あたり一一ドルであるが五〇個については一個あたり一〇、七五ドルであること(したがつて、平均すれば一個あたり一〇、九二七ドルである)、買受代金、物品税、輸入税の合計は一個につき九ドルであることが認められる。したがつて、原告がトランジスターラジオ一三、八〇〇個を他へ転売した場合に得たであろう利益は右一〇、九二七ドルから九ドルを控除した額に一三、八〇〇を乗じ、それから信用状の未使用部分の料金四二五、七二ドル航空便料金二七一、八四ドルおよび後記トランジスターラジオの広告料六三六、六四ドルを控除した二五、二五八、四ドルである。

(ロ)、右(イ)に述べたもののうち原告が支払つた信用状の未使用部分の手数料四二五、七二ドルおよび電話と電信の費用五〇ドルは被告会社のトランジスターラジオ一三、八〇〇個の履行不能により原告の蒙つた損害であり、広告費用九五三、四七ドルのうちにはテープレコーダその他の商品の広告費用や原告が履行を受けたトランジスターラジオ一、二〇〇個のためのそれも含まれていると考えられるから、その三分の二である六三五、六四ドルが被告会社の履行不能により蒙つた損害であると認めるのが相当であり、また見本品は履行が不能になつた分のみの見本品ではなく、すでに原告が履行を受けた分についても見本品として利用されたものというべきであるからその取寄せのための航空便料金二七一、八四ドルのうち一〇分の九にあたる二四四、六五ドルが被告会社の履行不能により蒙つた損害と考えるのが相当である。

次に得べかりし利益二五、二五八、四ドルも被告会社の履行不能により原告の蒙つた消極損害である。

したがつて、被告会社の履行不能により原告の蒙つた損害は合計二六、六一四、四一ドル(邦貨に換算すれば九、五八一、一八七円六〇銭)である。

(瑕疵にもとづく損害賠償)

四、原告が雑貨の輸出および輸入を業としているものであることは当事者間に争いがないから、わが商法上いわゆる商人というべきである。そして、被告会社が商人であることはいうまでもない。さて、商人間の売買において買主がその目的物の瑕疵にもとづき損害の賠償を請求するには目的物を受取つた後遅滞なく売主に対してその瑕疵を通知したことあるいは売主が瑕疵を知つていたことを主張立証しなければならないにもかかわらず原告は単に目的物たるトランジスターラジオに瑕疵があつたと主張するのみで右の点については何ら主張しない。したがつてその余の点を判断するまでもなく、トランジスターラジオに瑕疵があつたことにもとづく原告の損害賠償の請求は理由がない。

(不法行為による損害の発生)

五、(1) 、まず、本件不法行為による損害賠償請求権の準拠法について考えるに、原告の主張によれば被告松治および被告竹治は品名詐称による不正輸出により利益を得ようと企て、被告会社にはトランジスターラジオ二万個分の輸出割当がないにもかかわらず、右割当がある旨虚偽の事実を申し向けて原告を欺し本件売買契約を締結せしめたというのであるから、右欺罔行為は虚偽事実の通知を原告に対して発した地すなわち日本において行われたものというべく、前記準拠法は日本法であると考えるのが相当である。

(2) 、原告と被告会社との間でハイライト型六石トランジスターラジオ一五、〇〇〇個の売買契約が結ばれたことは前記一項で認定したとおりであり、被告会社が右トランジスターラジオの輸出承認を受けていなかつたため「電気アンマ器」と詐称して一、二〇〇個を輸出したところ、その不正輸出が発覚して残品一三、八〇〇個の履行が不能になつたことは前記三項の(1) で認定したとおりである。そして、被告松治が被告会社の代表取締役であり、被告竹治がその取締役であること、被告松治が右不正輸出を知つていたことは当事者間に争いがない。

(3) 、そこで、被告会社が右不正輸出を企てるに至つた事情について考えるに、被告会社代表者兼被告山田松治本人尋問の結果によれば、被告松治はその妻の妹の夫である石渡某と相談のうえ、被告会社には六石トランジスターラジオの輸出割当がないことを十分知りつつもこれを「電気アンマ器」と詐つて輸出し利益を得ようと企てたことが認められ、前記二項で認定したように原告に対しては「被告会社には昭和三六年度においては六石トランジスターラジオ二万個までの通産省割当をもつている」旨虚偽の事実を申し向けて原告を安心させ本件売買契約を結ばせるに至つたものである。

前記山田松治本人尋問の結果には被告松治は「被告会社は他から輸出割当を譲り受けて本件売買契約を履行する予定であつた」旨の供述部分があるが、当裁判所は被告松治の右供述を信用しない。

そして、被告松治が被告会社の代表取締役として原告に対し二万個までの輸出割当がある旨虚偽の事実を申し向けたことは輸出割当なるものが貿易取引において占める重要性に鑑み、商取引において許される駆引の程度を越え違法性を帯びるものと考えるのが相当であり、したがつて被告松治は個人として不法行為の責任を免れないものである。しかし、被告竹治については、同人が被告松治と共謀して右不正輸出を企てたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、被告会社代表者兼被告山田松治本人尋問の結果によれば被告竹治は被告松治の兄であり単に名義上被告会社の取締役になつていたにすぎないことが認められるから、被告竹治には不法行為の責任がないものといわなければならない。

(4) 、そして、前記三項の(3) の(イ)(ロ)で認定した原告の損害のうち信用状の未使用部分の手数料相当額四二五、七二ドル、電話および電信費用相当額五〇ドル、広告費用相当額六三五、六四ドルおよび航空便料金相当額二四四、六五ドル以上合計一、三五六、〇一ドル(これを邦貨に換算すれば四八八、一六三円六〇銭)は被告松治の不法行為によつて原告の蒙つた損害であると考えるのが相当である。

なお、原告は、すでに履行を受けたトランジスターラジオに付着していた瑕疵による損害も被告松治の不法行為にもとづくものであると主張するが、その不法行為とは前記のとおり被告会社にトランジスターラジオ二万個分の輸出割当がないのに右割当がある旨原告を欺罔し本件売買契約を結ばせたことであり被告松治がトランジスターラジオに瑕疵があるのを知りながら瑕疵がない旨装つて原告に給付したということではないから(両者は訴訟物が異る)、原告の主張する被告松治の右不法行為と右瑕疵による損害との間には相当因果関係がないものといわなければならない。

(過失相殺)

六、商取引とりわけ国際間の商取引を始めようとするものは、通常、その相手方の経済能力や信用状態を調査したうえでこれを始めるものであることは経験則の教えるところである。

成立に争いがない甲第八および第一〇号証ならびに被告会社代表者兼被告山田松治本人尋問の結果によれば、被告会社は昭和三一年二月二三日に設立された、資本金わずか三〇万円のいわば被告松治の個人会社ともいうべきものであることが認められこれに反する証拠はない。

一方、証人芦野弘の証言によれば、原告代表者ジンマンは鉄鋼製品の取引のことで訴外日商株式会社の鉄鋼取引部長の地位にある森俊郎と懇意であり、原告とは別の会社をつくつて日本から鉄製品の輸入を大規模に行つていることが認められ、これに反する証拠はない。

したがつて、原告としては日商に問い合わせるなどの努力をすれば、被告会社が資本金三〇万円の小規模な個人会社であつてハイライト型六石トランジスターラジオ二万個分の輸出割当をもつていなかつたことを容易に知り得たにもかかわらず、その割当がある旨の被告会社の申し越しを軽卒にも信じて本件売買契約を結んだものというべきであるから、原告にも過失があつたものと認めるのが相当である。

そこで、被告会社の債務不履行による損害賠償の額および被告松治の不法行為による損害賠償の額を定めるにあたつては原告の右過失を考慮することとし、前記認定の本件売買契約が結ばれるに至つた事情などから考えて、原告の蒙つた損害額の三分の二をもつて右各損害賠償の額とするのが相当である。

したがつて、原告に対し、被告会社は債務不履行にもとづく損害賠償として金六、三八七、四五八円(円以下は四捨五入)およびこれに対する催告した日(昭和四〇年四月八日付書記官土屋正八の証明により本件訴状は遅くとも昭和三七年九月七日被告会社に到達したものと認める)の翌日である昭和三七年九月八日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被告松治は不法行為による損害賠償として金三二五、四四二円(円以下は四捨五入)およびこれに対する不法行為の後である昭和三六年一一月三〇日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(むすび)

七、よつて、原告の被告会社および被告松治に対する各請求は前項に認定した限度において理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、被告竹治に対する請求も失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西川豊長 上田豊三)

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